すももサーバーで活動中。不定期ながらもメイプル日記、我流哲学、リアル事などの様々なジャンルをお送りします。

Crust's Story -Paradox of Dead or Alive-

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第5章:結果だけを追い求めし者たち
本来第4章での公開予定でありましたが

緊急企画に伴い第5章とさせていただきました。

第4章のほうはどうでしたでしょうか。

この5章では、

現代が抱える問題やネット上のあらゆる問題を加味した内容となっています。

それらを自身の考えを持ちながら読んでください。

前置きが長くなりましたが、内容に入っていきます。

さっそくではありますが

一連の作業を行うに当たって、あなたは何を大事にしますか?

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| Crust式哲学 | 18:07 | トラックバック:0コメント:1
第4章:機械に操られる者たち
本来、「第4章 結果だけを求める者たち」を企画していましたが、

緊急企画としてこのタイトルを設け、第5章のほうに本来のほうをお送りします。

なぜ、この企画にしたのか。

最近、チートやマクロの使用者が多くなったことに由来します。

チートやマクロは機械仕掛けで物事をやります。

つまり、中身のない作業ロボットの状態です。

一見、チートやマクロは機械を操っているように見えますが、

実際はその逆で機械に操られている状態です。

理解しがたい人も中にはいると思います。

自動で何でもし、疲れ知らずなんだから使えばいいじゃないかなどと

考えている人もいますが、それは単に自分を追い込んでいるに過ぎません。

機械が何でもするということは

当人は何もしていないということになります。

つまり、「努力をする」ということすべて機械に任せている状態です。

その機械が何かの拍子で壊れたら、当然修理するか、代替品を用意すると思います。

修理は業者に出せばいいし、代替品は買えばいいしと

やはり努力をせずとも次の策が打てる状態です。

そして、機械があればまた任せる。

つまり、機械が機械自身のために人を操っている状態です。

言い換えれば、人は機械に操られている状態です。

これがタイトルの由来となるものです。

当然ながら、「努力をする」ことを知らない人が増えます。

そしたらどうなるか。

「努力をする」ことを知らないため

就職したところで長く続かなかったり、

自分の目標となるものを見失ったりなど

様々な弊害が生じ、最終的には引きこもったり、ニートになったりします。

つまり、機械がないと何もできない人になります。

人間は本来、自分で物事を考え、世の中がよくなるように努力を積み重ね、

これまで、文明を発達させてきた生物なのです。

そんな生物から「努力をする」ことをなくせば

それは役に立たないロボットと変わりないのです。

僕もとある会社説明会のときに名言を頂きました。

「機械は“操るもの”であって“操られるもの”ではない」

まさにそのとおりだ、としみじみ思いました。

機械に操られている人は、自分が操られているとは自覚していません。

そのため、だんだんとのめりこんで、依存しきってしまう人になってしまいます。

現代では生産・製造が機械仕掛けとなっていますが、

やはり、最後は人間の目で確認という作業が残っています。

機械に任せっぱなしではなく、人間の目がいちばん確かだと僕は思います。

作ったものを消費するのは機械ではなく人間ですから。

このように機械と上手に付き合うことが

今後の文明の発展につながっていると僕は確信しています。

たかがゲームだと侮っている人もいますが、

今では「ソーシャルゲーム」という代名詞までついています。

「ソーシャル(social)」は「社会」という意味なので

人とかかわることが必須なわけです。

それを絶って機械任せにするということは

人生を捨てている、あるいは生きていることに価値を見出せていないことに

等しいと思います。

次の「第5章」に少し内容が入りますが、

機械(チートやマクロ)でやった200レベと

自分の手でやった200レベと

どっちの価値が大きいと思いますか?

断然後者だと僕は思います。

それは「努力の結晶」であり、様々な「思い」が詰まっているからです。

同じ200レベでも、「思い」のあるキャラは僕には光って見えます。

「機械に操られているキャラ」には絶対ないものです。

これを読んでいるあなたの周りに機械に操られている人はいませんか?

これを書いていて、

人間は「努力をする」ことを忘れてはいけない生物だ、と

改めて思いました。
| Crust式哲学 | 18:28 | トラックバック:0コメント:0
第3章:言葉の暴力
第1章、第2章はどうでしたでしょうか。

読んでくれた方々には、それぞれの思いがあると思います。

内容が重いと思いますが、現実こういう問題が起こっています。

それを見てみぬ振りではなく、しっかり受け止めてほしいです。

さて第3章は、リアルにも大いに関係する「言葉の暴力」について

語っていきます。

言葉の暴力、ただの悪口じゃないかと思う人がいるかもしれないですが

実際はそうではない。

言葉の暴力は殴る、蹴るなどの物理的暴力とは異なり、

精神面に直接攻撃する精神的暴力となります。

ここ数年間で、いじめというものは

物理的暴力や物取りといった物理的なことではなく

ネット上の掲示板やブログといったところに延々と晒す、

言葉の暴力のほうへ変わりつつある。

それが原因か、「生きることに疲れた」などの言葉を残し

自殺していくものも後を絶たない。

なぜにこのような事態が目立つようになったのか

その背景にITの発展が大きく関係している。

ここ10年程度でパソコン、携帯電話の普及が急速になり

いじめを表沙汰にする必要がだんだんとなくなっていっている。

いや、むしろ陰湿にできる環境が整いつつある。

なぜ今言葉の暴力に目が行くのか。

言葉の暴力は今に始まったことではない。

ネット社会がそれを表に出してしまったことが原因である。

ネット社会は基本的に言葉でコミュニケーションをとる。

つまり言葉ってものが大きく意味を成すということだ。

しかし、今はその言葉が凶器と化し、人を蝕んでいる。

まだ面と向かって言葉を発しているときは

相手の表情や態度といったものが他の情報として入ってくるために

本気で言っているのか、ジョークなのかというのはすぐにわかる。

しかし、上述したようにネット社会はそのような情報はなく

言葉一本だけである。

そもそも、これだけのことを言うためにこんなことを書いているのかと

この時点までは、誰もそう思うだろう。

しかし、ほんとに言いたいのはここからだ。

上述したように言葉はネット社会では大きな意味を成してくる。

その言葉を使った暴力で特に目立つのは誹謗中傷の嵐だ。

そもそも、人はなぜ誹謗中傷をするのか。

これは僕自身の観点であるが

誹謗中傷を平気で行う人のタイプがいくつかある。

Type Aはある特定の人あるいはそれに関連する人への憎悪の心を持つ人。

これは誰しもが経験すると思う。

たしかに生物としてこの世にいるからには、避けられないことである。

しかし、安易に暴言を吐くのは人としての品位に欠けると僕は思う。

このタイプに関してはあまり言及することはない。

むしろ言及できない。

Type Bは強がっている人である。

このタイプはネット社会よりもリアル社会のほうに多く見られる。

ちなみにいじめを行う人もここに含まれてくる。

自分は絶対弱くない、自分はいじめを受けない

といったような自意識過剰がこの状態を導く。

そのために、自分より弱そうなターゲットを探し、いじめへと発展する。

最近ではそこに「ネット」という助け船が存在し、

それに乗ってさらに自分を大きく見せようとする。

しかしどうだろうか。

僕に言わせれば、いじめを行っている人はむしろかわいそうだと思う。

そういうことでしか自分を大きく見せられないからだ。

もっと自分の存在意義を確かめてほしいものだ。

Type Cは相手が直接見えないし、自分は咎められことはないからどんどんやれという人だ。

これはネット社会に多く見られる。

たしかに相手は見えないが、かといって暴言を吐いてもいいというわけではない。

一言で言ってしまえば

マナーがなってない、ということだ。

さて、思い当たるだけで3タイプあるわけだが、

やはり、言葉に対する「教育」が必要になってくるだろう。

僕は小さいころからこのように言われて育ってきた。

「自分が言われて嫌なことは、他人も同じように思うから言うでない」と。

今の現状を見れば、これが言葉の大きな存在であろう。

もっとも、平気で言葉の暴力を行っている人は、

何を思ってそのようなことを行っているのだろうか。

自分の利権だけを守って生きているのだろうか。

もし、そうであるならば、

日本の社会がそうさせたのかもしれない。

そう、役員や政治家がこれまでしてきたことが反映されているかのように・・・
| Crust式哲学 | 13:50 | トラックバック:0コメント:0
第2章: 公共の狩場と横殴りと自我の欲望と・・・
第1章→第1章: 有名とは、無名とは

第1章のほうはどうでしたでしょうか。

コメントがないようでしたが、

読んで自分はこう思った、こういう記述には賛成できないなどの

意見があれば、どしどし書いてください。

自分の意見を言うことは大切です。

さて、第2章は狩場のあり方について語っていきます。

メイプルの中には、モンスターを狩る狩場が存在します。

人気のある狩場、人気のない狩場、エリアボスが沸く狩場などの

いろいろな事情のある狩場があります。

そもそも狩場というのは、1人のためではなく、

みんなで使うためのものです。

特に人気の狩場については大変興味深い現象が起こっています。

それは、横殴りと独占権の主張。

まず、前者の「横殴り」について。

メイプルの中ではこの行為のことを

通称「横」と言っています。

横殴りとは、

「その人がたたいているモンスターを後から同意もなくたたくこと」のことです。

そもそも、なぜ横殴りをするのか。

大きく分けて3つのことが考えられます。

1つ目は、無差別

読んで字のごとく、何振りかまわず横殴りをする行為のことです。

2つ目は、特定人物への粘着

様々な事情があって、その人物の使っている狩場を邪魔しに行くことですね。

3つ目は、火力自慢

「ほらほら、見て見て。こんなに強いんだよ~」と

言わんばかりの行為をすることです。

たしかに、自慢したがる気持ちはよくわかりますが、

横殴りで自慢するのはどうかと思いますね。

これら3つの中で3番目が最も多いのではないかと考えられます。

横殴りのメリットとはなんだろうか?

次は、後者の「独占権の主張」について。

よくある光景として、

ある時間以上の反応がない人が放置している狩場で、狩っていたら

放置している人から「使っています」という発言。

この「ある時間以上」には人それぞれですが、

自分の中では落ちてるETCなどが消える時間、つまり3分を定義としています。

その狩場での放置=その狩場の使用権ではありません。

あと、その狩場を通りすがるだけであっても

「使っています」という発言。

ちょっと行き過ぎた自己主張ですね。

ここまでの狩場の独占権の主張はまだ序の口です。

最近増えてきた用例が以下に記述することです。

その狩場で、見えないところとか、先客とかに迷惑がかからないようにして

ちょこっと狩っているだけにもかかわらず、

「あなたは横ですか?」「横すんな!」

といった発言がよく見受けられます。

前述したように、

横とは「横殴り」の事を指し、

「その人がたたいているモンスターを後から同意もなくたたくこと」

の行為を指します。

上述のような行為をしていないにもかかわらず、横といわれるのは

どんな心の広い人でも怒ります。

その言動をする人が思う「横」はおそらく、

「自分が使用する狩場のモンスターを後から来て同意もなくたたくこと」

と考えていると思います。

最初に書いたように

狩場は公共のものであって、1人のためのものではない。

これに関しては独占欲の塊といってもいいくらいです。

そもそも、横殴りと狩場の独占権の主張はどこから生まれたか。

答えは1つ。

自我の欲望を満たすため。

誰しもが持つものではあるが、それを大きく主張してはならない。

誰もが大きく主張すれば、必ず争いが生まれる。

そして、満たせなかった者や、満たしたところを邪魔されたくない者は

何が何でも満たそう、維持しようとして、このような行為を始める。

生物として当たり前の行為ではあるが、

人間はそれを抑える理性を強く発揮できる。

これは、人間以外の生物にはなかなかできない行為である。

自分だけがよければそれでいい、そんな考えはオンラインでは通用しない。

少なくとも、ネット上にも社会が成り立っている以上は。

なぜ、狩場を共有しようという気が起こらないのか。

なぜ、「一緒にやりませんか?」の一言がいえないのか。

「一緒にやりませんか?」の一言で

友達の輪が広がる可能性もある。

この一言は単純だが、大きな意味を成してくる。

これが最近の人はわからないものなのか・・・
| Crust式哲学 | 22:18 | トラックバック:0コメント:1
第1章: 有名とは、無名とは
最近になって思い始めたこと

有名と無名ってなんだろうか。

今回はそのことについて書いていきます。

有名・・・書いて字のごとく、名が世に知れ渡っていること

無名・・・有名とまったく反対のこと

リアルにおいても有名人と凡人が存在し

有名人といえばラジオやテレビなどでかなり名が知れ渡っており

常にそういう状況下に置かれている。

凡人はときどきテレビに映れば上等といわんばかり。

リアルではそんな感じである。

メイポに関してもたいした差はない。

しかし、メイポでは簡単に名を世に知れ渡らせることができるアイテムがある。

それは「拡声器」

今のメイポでは拡声器と一言でいっても、種類が豊富である。

メガホン、普通の拡声器、風船拡声器、電光掲示板

話が少しそれたが

メイポの世界での有名と無名

メイポの世界での有名である利点ってなんだろうか。

有名になった人の理由はそれぞれだろうが、

有名になるということは、それと同じくらいのリスクがある。

まず、誹謗中傷があること

その人に対して好ましく思わない人が行うことだが

それが少しで終わるわけでもない。

精神面が弱い人にはとてもつらいことだ。

次に、ありとあらゆることのターゲットにされることだ。

誹謗中傷の形が、エスカレートした形といってもいいだろう。

類似の名前を使って詐欺などの不当行為を行い

それをターゲットのせいにするという形が一般的。

これに拡声器の乱用も入れば

ターゲットにされた人の精神的なダメージは大きいものだろう。

これがさらにエスカレートすると

最終段階として

内緒での集中砲火、ブログの炎上

そしてパス抜き

この段階まできてしまえば、もうターゲットにされた人は

立ち直ることが困難であろう。

こういうリスクを負ってまで有名になりたいか。

有名になる必要なんてあるのか。

リスクを負ってまでなりたいのか。

僕はそうは思わない。

僕の観点では

有名になる利点よりもリスクのほうが大きく見える。

今までのメイポライフでそうなった人を幾度と見てきた。

有名になったが故に堕ちていってしまった人たちも見てきた。

引退していった人も見てきた。

そういう人たちをずっと見てきた経緯があって

今ではそこそこ名前が出ているが

150まではほんとの無名な人だった。

もちろん拡声器系統は一切使ったことがない。

こんな人がいたの!?とまで言われたくらい無名だった。

無名であることは

ターゲットにはされないが、友達が増えないという

利点と短所がある。

それでもひとたび良い友達ができれば

そこから友情の輪が広がっていく。

無名であっても、やっていける人はやっていける。

僕がその無名な人の成功例であると自分では思っている。

でも、有名な人から見たらそうは見えないだろう。

ここに有名な人と無名な人の大きな見方の違いが出ているだろう。

「無名な人が成功するわけがない、有名になってこそが成功だ」

これがおそらく有名な人の考え方であろう。

しかし、有名になって失敗してる人がたくさんいるからこそ

僕はそう思えない。

有名になって成功する人はごく一部の人たちだけ。

無名であっても、充実したメイポライフを送ることはできる。

それでも、この記事を見ているあなたは

有名になりたいですか?
| Crust式哲学 | 00:52 | トラックバック:0コメント:2
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